2009年7月30日木曜日

自分とは何か?

自分は何であるのか?という問いは、如何に生きるべきかに迷ったとき、自然に発せられる問いの一つであろう。 しかしここで、我々が、ものを知るという事の本質が、事物の間の関係付けでしかないということを認めるならば、答えを得るために最初にしなければならない事は、我々自身の存在の直接的原因を考えること、すなわち生物学的起源である両親を考える事であることは明らかである。そうすると親(親がどういう考えで如何にに生きてきたか)を考え、親と向き合い(親が自分をいかに育ててくれたか、育てようとしているのか)、親を尊重する(親の与えてくれモノを如何に活かすか)という事は、単に世俗的な道徳倫理の徳目ではなく、我々自身の存在が何かを考えるという事の本質であるという風にいえる。
同様に自分を育てた環境である社会や、自分の受けた教育などが、現在の自分を作っていることは明らかであるから、「自分とは何か?」をさらに考えるには、自分の所属する社会や先生や著作などを考え、尊重する事に帰着するのは、きわめて自明である。 親の恩、師の恩、社会の恩というような言葉があるが、「恩」というのは、ただ感謝せよということではなく、自分が何を受けついだのかよく考えてみれば、自分が何であり、自分が如何に生きるべきか、自然に答えが見つかるであろういう事に違いない。

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